「1984年」

動物農場」と同時に購入していた、ジョージ・オーウェルの「1984年」を読んだ。

1984年 (ハヤカワ文庫 NV 8)

1984年 (ハヤカワ文庫 NV 8)

動物農場」につづけて彼の作品を読んだわけだが、基本的な政治批判の考えは変わっていない。こちらの方が、分量的にも思想的にも大作だが、読んでおくべき本の一つだ。

1984年、オセアニア

世界には、オセアニアと、ユーラシア、イースタシアの3つの超大国しかないという1984年の話。全体主義国家であるオセアニアを、真理省の役人として生活しているウィンストン目線で書いたものである。
その国家の様子を描写しつつ、ウィンストンの心理の変化や葛藤を丁寧に描いている。世界観がかなりしっかりと構成されているので、読んでいて違和感はない。
1949年の本であり、そのころの時代背景(第2次世界大戦はもちろんのこと、ナチスドイツ、スペイン内乱など)を把握しておかないと、なぜこのような話を書いているか、とか理解に苦しむかもしれない。
私自身そんなに歴史を知っているわけではないのだが、本書を読んだあと、その頃の時代を知りたくなったことは事実だ。
政治批判、諷刺を行う本書のような本の読み方としては逆かもしれないが、そのようなことになってくるのは、本が書かれてから時間がたてばしょうがないだろう。その過程で、名著となったり、名著ではなくなったり、本自体の立ち位置も変わってくるのだから。

ゆるめの中盤

1984年」は淡々とした生活をするしかない世界での話なので、アクション映画のような展開は望めないのは分かるが、それでも中盤のゴールドスタインの本を読む下りはちょっと厳しい。
ウィンストンではないのだが、別に新しく知る点が何もないのだ。ただ、まとめられている、それだけだ。
巻末に載っている訳者(新庄哲夫)による解説によると、オーウェルは病を患っており、永眠する直前に本書を書き上げている。そのため、9ヶ月執筆が中断していたので、「二分されたような印象をあたえる」と書いている。
それはおそらくこのあたりではないだろうか。

ニュースピークと邦訳

本書の中で際だった演出の一つが「ニュースピーク」というオセアニアで使われはじめている新語である。
既存の英語をベースにし、政治批判的な思想をもとから絶つために言語を変えていく、というシステムだ。例えば、ウィンストンが働いている「真理省(ミニストリ・オブ・トゥルー "Ministry of True")」は「ミニトゥルー "Minitrue"」となるのだ。
本書の巻末に「付録 ニュースピークの諸原理」というのがあり、本編を読み終えたあとに読むとニュースピークの裏側にあるいろいろな思想が見えてきて面白い。
「言葉を減らすことで思想を減らす」、「言葉をくっつけることで余計な思考を減らす」、という考え方は自分にとって新鮮であり、言葉と思考のつながりの強さについて恐怖すら抱く。
このようにニュースピークというのは本作において最大の発明であると思うのだが、これをどのように訳すのか?というのはかなり技量がいることは想像に難くない。
このニュースピークも含めて、本書の訳については少々疑問が残った。私が読んだ本は1972年の発行であり、30年以上も前のものだが、訳の例として、"Big Brother" を "偉大な兄弟" と訳している。しかし、"偉大な兄弟"では明らかに違和感があるので、頭の中では常に「ビッグブラザー」と読んでいた。また「勝利マンション」「勝利ジン」もちょっと納得いかない。今なら「ビクトリーマンション」「ビクトリージン」でいいではないだろうか。
固有名詞は割とそのままの新訳を出してほしいところです。

ネットで読む

と言うようなことを考えてつつあれこれ検索していたら、山形浩生氏による訳もPDFで公開されていることを知った。まだ、完成はしていないようです。

これは「ビッグブラザー」と表記している。しかし、最初のニュースピーク説明のところは次のように書かれている。

真理省、これはニュース、娯楽、教育、芸術を担当する。平和省は戦争を担当している。愛情省は法と秩序を維持した。そして豊富省は経済関連を担当していた。これらをニュースピークで言うと、シショウ、ヘイショウ、アイショウ、ホウショウだ。

うーん、、ちょっとがっかり。せめて注として英語を併記しておいて欲しいところ。
また、英語版のテキストも見つかったので、誰か、新訳をお願い。